目黒虐待死事件の被告は病気だったのだろうか?

 2018年3月に5歳の女の子が亡くなった「目黒虐待死事件」。この事件がニュースで流れるたびに胸を痛めた人が数えきれないほどいるだろう。この事件には登場人物がたくさんいる。夫のDVによって精神を壊され、大切な娘を守れなかった母親や、何度も女の子を保護しながら危険な義理の父親のもとに戻してしまった児童相談所、他にもこの家族の周りにいたはずの誰1人も、女の子を救うことができなかった。

 言うまでもなく、一番憎むべきは5歳の小さな女の子に殴る蹴るの暴行を加え、十分な食事を与えず、出来るはずのない課題を課し、あげくの果てに死なせてしまった義理の父親だ。この男は自分がしていた行為を「しつけ」だと信じて疑わなかった。そしてこの男は、たった13年の服役を終えたら、またこの世界で生き始めるという。

 13年間の服役生活で、男は変わることができるのだろうか? 裁判所で男が述べた「親になろうとしてごめんなさい」という言葉は本当に彼を更生させる力を持っているのだろうか?

 私たちは、SOSを発することの出来ない子供をなんとか救わなければいけない。だけど、もう1つ大切なことがある。それはこの男を知ることだ。今こそ社会は、「この男」を救うべきだと思う。理解できない行動をする人を憎んでいるだけでは、何も変わらない。もしかしたら自分の周りにも、この男と同じ行動をしえる人間がいるかもしれない。だから私たちは、今こそこの男を理解しなければならない。そうしないと、いつ自分がこの不幸な事件の登場人物になってしまうか分からない。

 なぜそう思うのかというと、私は「この男」と似た性質を持った人を、少なくとも2人は知っているからだ。「この男」になりえる人間は世間にあふれている。罪の重さは全く違っても、どこかで誰かを傷つけているかもしれない。

似た性質とは、主に以下の点である。
・勝手な自分の理想像を持っている
・自分の理想像を周りの人(家族、職場のチームなど)におしつける
・自分を省みることが極端にできない
・周りの人のために一生懸命頑張っている
・自分は周りの人から当然好かれていると思っている
・プライドが高い

 これらの性質を持った人を仮に「理想病」と呼ぶことにする。理想病はサイコパスとは違っている。「悪の教典」という小説を読むと分かりやすいけれど、サイコパスはとても冷徹で、人の気持ちを理解する気もない。心がないと言っても過言ではない。

 だけど理想病の人には、むしろ普通の人よりも「心」がある。感情を持ち、責任感も持ち、大きな愛情を持ち、理想通りに生きるために一生懸命頑張っている。そして、その理想は自分の環境、つまり周りの人にも向けられる。さらに、理想が危うくなるととても焦って周りが見えなくなる。
 またやっかいなのは、理想病の人が「誰かのために頑張る自分」という理想を持っていることだ。実際に理想病の人は、周りの人のために一生懸命頑張っているのだ。実際に力になることも大いにある。だからこそ、「これだけしてやってるのになんでお前は変わらないんだ?」「なんで俺に感謝しないんだ?」という感情が生まれる。

 目黒虐待死事件の男は、誰もが知る大手企業に勤めていたという。どんな理由で仕事を辞めて香川に行ったのかは分からないが、大学を出て大手企業に勤め、一度は成功した自分が、何かのきっかけで落ちぶれた末、シングルマザーの女性に頼られ、彼女たちを養えるという状況は、映画のような美談に思えたかもしれない。仕事のことでプライドを傷つけられた後で、もう1度理想を叶えるにはいい材料だ。そこで彼は責任感を持つ。自分の手でこの家族を幸せにしようと、本気で思っていたのだと思う。

 そして求めてしまうのが理想の家庭像である。「お宅の子、昔は貧乏だったのにあなたのおかげでいい暮らしできてるわね」「キャバ嬢だった嫁とその娘をここまで育てて、あんたはえらい!」なんて言われる日を夢みて頑張ったのかもしれない。数十年後、理想の大人になった女の子に「本当の親じゃないのに厳しく育ててくれてありがとう!お父さんのおかげでとっても幸せ!」なんて言われる日を夢見ていたのかもしれない。

 勝手な夢を描いたのは自分なのに、その夢へ向かう道をちゃんと歩けない家族に苛立ったのだ。自分の力不足を認めず、うまくいかないことをすべて他人のせいにしてしまった。

 この人は病気なのだろうか?生まれつきなのか、育った環境が彼を作ったのか、それともどこか人生の大きなターニングポイントで、間違った方向に行ってしまったのか。そして彼らは、どうしたら自分自身を省みることができるのだろうか?

 この夫婦は大麻を所持していた。普通の人が、大麻に手を出す瞬間とはどんな瞬間なのだろう?理想病の人が考えることというのは、全く理解ができない。どうして虐待以外の何物でもない行為をしつけだと思い込んでいたのか、全く理解ができない。だけど、彼の人生が崩れ始めるその瞬間の気持ちは、なんとなく分かる気がする。絶望、焦り、孤独、人は耐えがたい苦しみの中で頼れる人がいないと、通常では見向きもしないようなモノに救いを求め、依存してしまうことがある。そこから少しずつ人生は崩れ始める。崩れた人生は、罪のない他の人間を巻き込んでしまうことがある。

 私はこの人たちの思考回路が知りたい。この人たち自身が不幸のループから抜け出せば、この世界はもっと平和になるに違いない。日常の1つ1つに幸せを感じられる人間なら、わざわざ人を傷つける必要はないのだから。

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