「なんだか頭がすっきりしない」という人には、日記を書くことをおススメする

最近、というかここ数年、自分の頭が働いていないような気がして悩んでいた。数年前までは持ち合わせていたはずの、頭のキレが、ない。

例えばストーリーを考える時も、なんだかダラダラ悩んでしまって、「そうだっ!」と、シャキンとする瞬間がない。(だから苦しくなって、私はいったんシナリオを書くのをやめた)

年のせいだと言ってしまえばオシマイだけど、せっかく時間が出来たので、私はこの「頭のキレ」について真剣に考えてみた。

昔の頭のキレはなんだったのか?そもそも私にキレはあったのだろうか?今の私の、このもやもやした頭はなんなのだろうか?昔の頭はどんな頭だったか?むしろ私は、どんな人だったか……?

そこで気がついた。

私は頭のキレをなくしたんじゃない。自分の気持ちを見失ったんだ。自分の気持ちや考えが分からない。何がしたいのか、どんなことを書きたいのか、昨日何を感じたか。

そんな状態で、他のことを考えられるわけがない。そりゃあモヤモヤするはずだ。

もしかしたら今、頭のモヤモヤに悩んでいるあなたも、頭が悪いわけではなく、自分の気持ちを理解していないだけかもしれない。(理由はきっと過去にあるのだけど、ここでは言及しない)

じゃあ、自分はどこにいるのか?

「自分」はそう簡単に見つからないけれど、私には過去の自分を探すうえで思い当たる節があった。それはクローゼットに押し込まれた57冊のノートの中。

私は10歳から25歳まで、日記を書いていた。たまに書くのを忘れてしまった日もあるけれど、基本的に毎日書いた。何も書きたくない日は「何も書きたくない」と書いたし、酔っぱらって帰った日は「酔っぱらった」あるいは「眠い」なんて書いた。2文字で終わる日もあれば、3ページに渡って書く日もあった。とにかく、書いていた。

私はとても不器用な人間で、自分の感情を相手に伝えるのが苦手だ。それは昔から変わらなくて、はたから見れば少し“変わっている”子供だったと思う。だけどたった1人で毎日書いた日記の中には、確実に自分がいた。自分が思った事、感じた事、辛かった事、嬉しかった事、ムカついた事、全部本音だ。誰も見ていないから、ウソをつく必要がない。

普段の生活では、どうしても自分を偽ってしまう。自分をよく見せたいという本能でそうする時もあるし、辛い事をそのまま辛いと感じたらその場で泣いてしまうから辛くないと言い聞かせることもある。そうやってウソをついて、ニコニコしたり強がったりしているうちに、自分の本当の感情が自分にさえも分からなくなってしまう。

だけど、1日の最後に自分の感情と向き合う習慣があれば、少しは頭を整理することができる。あの時は笑っていたけど、本当は辛かった。あの時にこうしてもらった時、とても嬉しかった。紙に書くことで、本当の自分を知ることが出来る。

不思議な事に、ノートを開いた時には何を書こうか全く見当もついていなかったとしても、ペンを取り、まず日付を書き、1日のことを思い出しながら「今日は、」と書き出してみると、自然に次の文章が浮かんでくる。自然と今日1日の中で、1番印象的だったことを抜き出してくれる。それがほんの小さなことだったりした時は、自分が書いたことに自分が驚かされるくらいだ。

日記には、そんな魔法の力があると思う。

私はこの自分と向き合う唯一の貴重な習慣を、なぜか約6年前に辞めてしまった。25歳の私がなぜそうしたかは分からないけれど、ある日突然「日記を書くのをやめよう」と思ったことを覚えている。

そして、今私が「頭のキレ」を失ってしまったのは、自分の気持ちと向き合うことをやめてしまったからじゃないかと思った。だから最近、再び日記を書き始めている。

するとまず、文章が頭に入りやすくなった。小説がすらすら読めるようになった。それから、「あれを観たい」「これを読みたい」というエネルギーが沸くようになった。

また、「誘われたけど行きたくない」「この服は必要ない」なんていう考えも、ちゃんと出てくるようになってきた。

(そもそも、「え、今までそんなこと自分で分からなかったの?」と目を丸くする人がたくさんいるのだろうけど、この記事をここまで読んでくれた人は私側の人なんだと思うので)

やっぱり、不器用な人間は、ちゃんと時間を作って自分と向き合わなければいけないのかもしれない。1日、1日、頭を整理して、スッキリさせていかないと仕事や他のことに頭を使うことが難しくなってしまうのかもしれない。

だから、なんとなく頭がモヤモヤしてキレがないなと思ったら、日記を書いて少しずつ頭を整理してみることをお勧めする。時間はかかるかもしれないけれど、どんどん頭がクリアになっていくだろう。

ちなみに、この記事は日記のようにとりあえずダラダラと書いてみた。ライターとしては失格かもしれない。だけどあれこれ考えてめんどくさくなって書かないより、とりあえず書いてみようと思えたのも、日記を再開したおかげかもしれない。